「自分にご褒美」ってなんのため?
- 2019/10/24
- 11:43
先日、母と話をしていて、親子でもこんなに違うのか。と思うことがありました。
話は長くなりますが・・・
私は、「自分にご褒美」って言って
美味しいデザートを食べるとか、洋服を買うとか、旅行に行くとか・・・
こう言う発想が好きじゃないんです。
なんで、美味しいものを食べたり、着たい服を買うのに
いちいち「ご褒美」をもらわなくちゃいけないの?
それまで頑張らないとダメってこと?
逆に、結構みんな毎日頑張ってるし
「ご褒美」と言うなら、毎日もらったって良いんじゃないの?
って思うんです。
そんな話を、母としていたら、母が
「私は、そんなに毎日頑張ってないし、
これまでだって ご褒美もらうほど頑張ってないな〜」
と言ったんです。
ええーー!?
驚きーー!!
「そこが、私と違うところだね」と私が言ったのですが
母は、1ヶ月のうち20日は、私の家に来ていて
滞在中は、洗濯、食事の用意、掃除、アロマ(犬)の世話を
ずっとやってくれています。
これってそれだけで褒めて良いことじゃない?
「私だったら、例え自分の娘だったとしても
人のために毎日食事を作ったり、掃除をしたり
娘が勝手に飼った犬の世話なんかできないけどね。
そんなことを文句も言わず続けられる。って
それだけで”ご褒美”ものだよ」
って言ったんです。
人の意識って面白いです。
同じことでも、どう捉えるかってその人の性格によるわけです。
私がそのように言ったら
母は大層驚いていました。
「ええーー、そうなの?
そうか。私がそこに満足しないのは
私のため と言うことではないからかな」
と言っていました。
なるほど、これはとても重要な意見で
「自分にご褒美」とは、つまり「自己満足のカタチ」なので
自分がどれだけ自分のために頑張ったか。をカタチにしたのかもしれません。
と言うことは・・・
自分にご褒美
と言える人は、きちんと自己満足ができていると言うことで
もしかしたら大切な自己承認ができているのかもしれません。
そこから人は自己肯定感を学びますので
大事なプロセスなのかもしれませんね。
母のように自己満足すら満たされないと、
自分にご褒美すら許さなくなる。
この結果、自己肯定感も低くなるし、自己効力感も低くなる。
それはもったいない。と思うのです。
だって他者(娘)から評価され、感謝されているのに
自分だけがそれを認めていない。
もしかしたら、世の中のお母さんって、そう言うものかもしれません。
お母さんこそ自分にご褒美が必要かもしれませんね。
と言うお話でした。
私は自己肯定感も、自己効力感も高いのでご褒美は必要ないけどね^^
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